新米編集者時代その7(最終回)
毎月「産みの苦しみ」を味わいつつも、
校了を終えて数日は編集部内もおだやかで
普段は鬼の形相の編集長もこちらのジョークに
相槌を打ってくれたりした。
しかし、自分は1年半で音楽雑誌の編集者を
辞める決意をした。
いま考えても直接の原因ははっきりしないのだが、
嫌ではなかった苦しみが、突然「苦痛」に変わったのだ。
ふと重なるのが、当時解散したキャンディーズが発した
解散会見でのあの有名なコメント。
「フツーの・・・に戻りたい」
もしかしたら、自分にもそれに近いストレスが蓄積していた
のかもしれない。
「好きを仕事にする」--。
それを叶えた人を見て、「うらやましい」という人もいる。
しかし、当事者にとっては「好き」であればこそ、その
好きに対して責任を持たなければならない。プロとして。
しかし、自分には限界を感じた。
好みではない音楽に対しても時には良い評価をしなければ
ならない。また時には、アーティスト自身がスポンサーである
楽器メーカーにおべんちゃらを使い、楽器名をアピールする。
ライブに行っても、目的は取材レポート。
楽しんで音楽を聴くゆとり、心のキャパシティが
なくなっていたようだ。
常に自分にのしかかってくるプレッシャーが、
産みの苦しみを超えた苦痛にいつしか転化してしまった。
挫折にも近い、そんな自分の新米編集者時代は
いま想い返しても、ちょっとほろ苦い思い出だ。
(本項終わり)
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